いけない鳩


チョメチョメ星人であるボクのお父さんが、若い頃にペケペケ星人であるボクのお母さんに一目惚れをして、両親の反対をおしきって12年前に結婚。お母さんをこの星に連れてきた。それで何年かしてボクが生まれたらしい。それにしてもお父さんもお母さんも、互いの星の挨拶くらいしか言葉が通じなかったっていうのに、どうして一緒に暮らそうとまで思ったんだろう。
この星ではお母さんの言葉がわかるのはボクだけで、しかもそれに甘んじてお母さんはこの星の言葉を勉強しようとしないから、ボクはいつもいつもお父さんとお母さんの間の通訳ばっかりしている。
つまり、この家ではボクがいなければなんにも話ができないってことだよ。

ボク、昔は頭が回らなくて、言われたままをそのまんま訳しているだけだったんだけど、今ではお父さんとお母さんが仲良くいられるように、できるだけ喧嘩しないでいられるようにうまく言い方を変えたりしているんだよ。ほら、こんなふうにね。
「この頃は仕事仕事仕事で、どこにも連れて行ってくださらないのね、ペケ、そんなにお仕事が好きですか。たまの日曜くらい、近所の公園でお弁当でもひろげてリフレッシュたいわ。あーあ。あたし、家の中に閉じこもっているのって好きじゃないのよね、ペケ」
「あのね、いい天気だから、家族で近所の公園に遊びに行かないかって、チョメ、お弁当も作ってくれるってさ。ボク、お母さんのおにぎりが食べたいな、ねえお父さん、いいでしょ、チョメ」
「うむ……まあ……たまには悪くないかもしれんな、チョメ……」
「やったあ公園に連れて行ってくれるって!お母さん、ペケ」
「あら!それじゃ早速お弁当をつくるわね!」
「わあい」




ボクのおかげでボクらはすごく仲のいい家族でいられた。相変わらずお父さんは無愛想で無口で、お母さんは僻みっぽくてお喋りだったんだけど。
それがあるとき、ボクが学校から帰ってきたらお母さんが泣いていて、お母さんってばお父さんの背広のポケットからでてきたっていうちっちゃなイヤリングを握り締めて言うんだ。
「この頃、やけに帰りが遅いと思っていたら、やっぱり外に女をつくっていたのね。このところずっと、あたしが毎日ご飯を作ってどんなに遅くまで起きて待っていても、帰ってくるとあの人、もうお風呂に入って寝るだけなのよ」「うううう……きっと、あたしのことなんてどうでもいいんだわ。なによこれ。なによ……。片方だけこんな。女物の。ペケ。香水の匂いがする。ひどいわ。ペケ」「ねえぼうや、ぼうやは……ぼうやはお母さんの味方よね?お母さんを捨てたりしないわよね、ペケ」
「ボクは……」「ボクはお母さんのことが大好きだよ。そばにいるよ、ペケ」
「ああ。ぼうや。お母さんもぼうやのことが大好きよ。そうよね。あたしにはお父さんなんかよりぼうやのほうが大事だもの。そうよね。うん。泣くのはよすわ……。ごめんね、あたしのかわいいぼうや、あたしには、あんただけよ……」
あたしにはあんただけ。
「お母さんにはボクだけ?」
「そうよ。あたしにはぼうやだけが大切なのよ。ペケ」
お母さんにはボクだけ。

ボクはその日から、お母さんの味方になった。お母さんを傷つけるお父さんなんてボクは嫌いだし、お母さんにはボクだけなんだから。
それからというもの、お父さんが夜遅くに帰ってきてボクにただいまを言っても、ボクは黙って寝たふりをしていた。お母さんが寝たふりをしていたから、ボクも寝たふりをしていた。日曜日にも、お父さんとお母さんはあまり話さなかったからボクの出番はなかった。お母さんが話しかけなければ、お父さんはあんまり喋ろうとしないんだ。たとえ喋っても、つまらない二言三言。こうしてお父さんとお母さんは、どんどん喋らなくなっていった。

お母さんは寂しがり屋だった。だからボクは、学校に行っている時間以外はずっとお母さんのそばにいてあげなければならなかった。ボクはだんだんとそれが窮屈になってきて、近頃はお母さんのことがあんまり好きではなくなってきていた。

お母さんが眠ってから、お父さんが帰ってくるまでの間だけが、やっとボクの時間だった。ちょうどその日、お母さんとべったりの毎日に嫌気が差していたボクは、ついいつもより長い間夢中になってゲームで遊んでしまって、眠るのが遅くなってしまった。ボクが起きているうちにお父さんが帰ってきてしまったのだ。

「ただいま、ぼうや……チョメ」
お父さんは、暫く見ない間にずいぶんと窶れた様子だった。
「おかえり……」
ボクは背を向けたままお父さんを迎える。
「お母さんは、もう寝たのかね……」
「うん……」
「ぼうや、きいてもいいかい。お母さんのことなんだが」
どきりとした。
「なあに……」
「お母さんは、最近なんだか元気がないね。何か知らないかい。……いや……このひと月、仕事帰りに失恋した姉にあちこち付き合わされてね、なかなか早く帰れずにいたんだが……お母さんは何か誤解しているのじゃないかな。何か知らないかい」
「う……うん……」
「そうか……」
ボクは、お母さんと結んだ協定について考えていた。

結婚記念日。お父さんがお母さんに、今までで一番大きな花束をプレゼントした。お母さんは、何の節目でもないのにあからさまにこんなプレゼント、誤魔化そうったってそうはいかないのよ、と言って乱暴に花瓶に花束を生けた。ボクはお母さんが眠ってしまったあと、花束を綺麗に飾りなおしてお父さんを待った。お父さんは、これで少しは元気になってくれるといいんだが、と心配そうにお母さんの寝ている寝室を見やり、ボクにおもちゃを渡した。僕が欲しがっていたやつだった。
「おまえのことも長いことほったらかしにしていてすまなかったね。くれぐれもお母さんのことを頼むよ、チョメ」
「うん!」
ボクは次の日、お父さんのくれたそのおもちゃで遊んだ。お母さんは、まったくあの人ってば今度はそんなものでぼうやの気をひこうとして、ぼうやはあたしのぼうやなのに、そんなにあたしが憎いの、と言って泣いた。ボクは、大丈夫だよ、ボクはずっとお母さんだけのボクだよ、とお母さんをなだめた。するとお母さんは、その日の夕方に一緒に行ったショッピングセンターで、お父さんがくれたものよりももっと高いおもちゃを買ってくれた。
「ぼうやはお母さんの大事なぼうやだもの。欲しいものがあったらなんでも言いなさね、ペケ」
「うん!」

「最近、お母さんは明るくなったな。ぼうや、おまえのお陰だよ。一時はいったいどうしたことかと思ったが……思い過ごしだったかな。いつも帰りが遅くなってしまってすまんね。ああそうだ。来週、お母さんが実家に帰る日に、お父さんと遊園地に行かないかい。お前の好きなチョメレンジャーが来るんだぞ」
「うわあほんとう!」
「お母さんには内緒だよ。留守の間の家事はお手伝いさんを呼んでやってもらってしまおう」
「わあい」

「ぼうや。この間、お母さんがいない間にうちに誰か女の人が来なかった?」
「え……」
「タンスの中のタオルがね、すごくきっちりたたまれていたのよ。ためておいたお洗濯物もみんな洗ってあったし、ハンカチにアイロンまでかけてあって……ねえ……ほんとうに全部お父さんがやったの?」
「あ……実はね、それはお父さんが呼んだ、えっと、メアリーって人がね」
「メアリー?その人にうちのことをやらせたの」
「うん」
「…………」
「お母さん?」
「なんでもないわ。お母さん泣かない。お母さんにはぼうやがいるもの。ペケ。ぼうやさえいてくれればあたしは幸せよ。そうだわ。明日明後日とお父さんは当直だったわね。お母さんとふたりで旅行に行かない。近場だけど、いいところがあるのよ」
「わあいほんとう!」
「お父さんには内緒よ。あたしのかわいいぼうや」




あれからもう五年。ボクもこの四月で高校生になる。それでもこんな毎日が続くことに変わりはないと思って、特に気にも留めずにいた。
「ぼうや。おまえももうすぐ高校生になるね、チョメ、おおきくなったもんだ」
お父さんがボクの新しい制服と自分の背広とを見比べて、しみじみと言った。
ボクは、お父さんがまた何か記念にボクにくれるのじゃないかとわくわくして次の言葉を待った。

「おれも、もうおまえにばかり頼っていられないよな。それで、実は昨日からペケペケ語の勉強をしているんだよ。いや、まだわからないことだらけなんだが……一生懸命覚えれば、おまえに面倒をかけずにお母さんと話ができるようになるし、頑張ろうと思うんだ。これはこの発音でいいのかな。『きみはいつまでもきれいだね。愛してる。ペケ』」
「…………」
「ん?ううん、まだまだ練習が足りないみたいだな。ああ。なんだか改めて言葉にするとなると緊張してしまうなあ。まるで新婚の頃のようだよ。ははは」



















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